若葉町・黄金町周辺散策 横浜空襲編
こんにちは、制作です。第3回目を迎えますまち歩きレポート!あっという間に今回で終了いたします。
今日は黄金町周辺の歴史について、すこしレポートいたします。
黄金町が戦後「ちょんの間」といわれた場所だったということは最初のレポートにも書きましたが、さらにその前の歴史になります。
1945年5月29日、この日、横浜大空襲がありました。
黄金町付近は、なかでも人的被害が多いエリアだったと言われているそうです。
現在の京急本線の横浜と戸部の間に位置していた旧平沼駅は焼夷弾で壊滅的被害を受け、黄金町の駅ではたくさんの人々が高架下に避難、そこに焼夷弾が命中し、600名以上の方が犠牲となり亡くなられたといいます。黄金町駅から徒歩5分ほどのところにある、普門院というお寺に、慰霊碑があります。
また、電車で20分ほどと少し離れたところにあるJR国道駅が当時の遺構として現存しているという情報をみつけ、足を延ばしていってきました。
現在でも無人駅として利用されている国道駅ではありますが、吸い込まれてしまいそうな強い磁場をわたしは感じました。そこだけが時代に取り残されているような……。
コンクリートの壁に残る銃撃の後。なんと言葉で表現したらいいかわからない滞在の時間が流れました。
まち歩き日はしとしとと雨が降り、冷えた体がだるくなると共にとても押しつぶされてしまいそうな気持になっていきました。
私たちが生きているいままで、同じこの地上で、たくさんの人々が生き、たくさんの歴史が積み上げられてきました。記憶の隅に押しやって忘れてはならないことがあります。
そればかり考えていたら苦しくて生きていきにくいかもしれないけれど、それでも、どこかでしっかりと忘れないでいたい。
「戦争と一人の女」横浜公演11月2日より、上演いたします。
ぜひ、お運びください。
観にいらっしゃれない方も、ぜひ一度、原作を読んでみてください。青空文庫でも読めます。そしてそれがなにかのきっかけになったらいいなと、思います。
舞台「戦争と一人の女」制作 丹澤美緒